読書録 リアル店舗は消えるのか?

読書録

 

リアル店舗は消えるのか?

 流通DXが開くマーケティング新時代

一般社団法人リテールAI研究会 著、鹿野恵子 編著

読みやすく、製配販それぞれの視点から見たDXとマーケティングの現在進行形が見える良書です。

この手の本は書店にいっぱい並んでいるが、この分野に興味のある人の最初の一冊としておすすめできます。この本で全体を俯瞰して、自分の興味・ポジションを深堀していくのがいいと思います。

内容備忘録

章立て

はじめに

リテールAI研究会代表の田中雄策氏の現在のデジタルとリアルをめぐる簡単な流れの紹介と当面のDXの課題のロジックツリーとこの本の構成の対応の説明

第一章 再定義を迫られるリアル店舗  トライアルカンパニー(小売りの視点)インタビューあり

前半、リテールAI研究会代表の田中雄策氏

社会のデジタル化・少子高齢化・SDGs・コロナによる価値観と環境変化が流通業(製配販)全体に迫りDXが競争戦略から生存戦略に変わった背景・流れやDX先進国の事例。

ここでDXの目的がP/Lの向上は勿論のこと、新しい事業を生み出すこと(これが本来のDX)を見据えて取り組む価値があることを再確認。実例として「システム外販」「金融」「広告業」など。

後半、田中氏によるトライアル石橋社長へのインタビュー

印象的だったのは、データ化するところに目がいきがちだが重要なのはそのデータをもとにどう創意工夫するのかが重要。お客様に利便性、企業に収益をもたらす仕組みと人材育成そしてより知見を深めるために外部との繋がり=組織そのものの再構築が最重要。変化対応業の真価が問われていると思った。面白かったのがスマートショッピングカートの利用を進めるとお客様の満足を上げつつ回転率が上がるため売上を向上させながら駐車場の台数を減らせる=出店戦略・店舗設計思想そのものを変えてしまうインパクトが出るというところ。リスクを取ったゆえに得られる知見だと思う。

プラットフォーマーとしての店頭も、広告収入の中抜きでの収益でなく、あくまで小売業としての顧客満足の向上を通じて収益を上げる為のツールとしての進化を目指すのは良いと思う。リアル店舗の一番重要な価値提供の主導権を広告主に奪われては小売業の地位は永遠に上がらないから。

昨今話題の宮若市での情報集積の取り組みも紹介されていた。カテゴリーマネジメントとして新しいリベートの形として誤解されていたJBP(ジョイントビジネスプラン)を正しく理解して流通業界をDXにより変革していくという取り組みに夢があると思う。この取り組みを見ていると、やはり現在の形でのリアル店舗は減少するのだろうと思う。よりお客様の便益が高まる仕組みのある店が勝ち残るのだろうから。

※ほとんどの単語は文中などで説明があるのだが「バタフライモデルからダイアモンドモデルへ」という言葉だけわからなかった。文脈から考えるにダイアモンドモデルは、マイケル・ポーターのダイアモンドモデル(シリコンバレーなどがわかりやすいが、文化と呼べるくらいに競争と支援を土地に産業集積して国の競争優位をつくるモデル)のことだと思うが、その前段にあるバタフライモデルはなんなのだろう。マインドフロー的なグロースマーケティングで使われる、漏れを数値化したバタフライモデルのことか、バリューサイクルのバタフライダイアグラムやキャリア支援のバタフライモデルのことだろうか?どれも文脈的に不自然な気がする。まぁ解らなくても流れに問題なく読み進められるが少し気になった。

著者の方から、「バタフライモデルからダイアモンドモデルへ」について教えていただきました。旧来の切った張ったで利益を取り合うバイヤーvs営業のモデルから、組織同士でBtoBtoCの最適解を共同で模索しお互いの利益を高めあう取り組みモデルへの進化のことのようです。
詳しくはこちらで。図を見れば一目瞭然です!

第二章 データ活用環境の整備 サントリー(メーカー視点)インタビューあり

前半 リテールAI研究会テクノロジーアドバイザー 今村修一郎氏

BtoBtoCの終着点、小売業には膨大な課題がある。DXの対象ともくされるのは、

・顧客≒ショッパーマーケティング

・商品≒カテゴリーマネジメント(いわゆるカテマネではない)

・物流≒サプライチェーン

それぞれに課題があり、またその課題が複雑に絡み合っている。何から僕は手を付けるのがよいのだろう? 今村氏曰くサービスやシステムありきではなく(それは制約条件)まずはサイネージで点数アップやスマートカートで工数削減など「具体的な」ビジネス課題にフォーカスし適切な施策を積み重ねていくことで企業全体のDXを進めることが重要だとおっしゃっている。確かにそうだろう昨今の情報量は人間が処理できる限界を超えていて最初から完璧な設計図を描くことことは不可能だろう。ビジネスをしているからには大前提での目標はあるので実際の具体的課題の積み重ねからでてくる経験から抽象度を上げていくしかないだろと思う。

その中でもDXには欠かせない基礎資産、「基礎データの整備」「データの蓄積」「データの活用」を解説してくれている。

どれも少し考えれば使い物になるには時間がかかるのは明白なので早く始めなければいけない。まずデータの定義(何の項目をどのような単位で持つのか)からして難しいし、蓄積はゼロから始めれば1年分のデータを集めるには1年かかる。活用も切り口にしても実行にしても最初からうまくいくわけなくノウハウの蓄積には長い時間がかかるだろう。業界統一マスタの普及は本当に早く実現してほしい。

ID-POS分析のIDに対する考え方も新しい知見だった。たしかにマイナンバーのようにはいかないし統計のゆらぎは頭に入れておかないと効果的なサイクルは回せないなと思った。

在庫データの扱いはどう考えても私のような食品小売りからすると全ての在庫をリアルタイムで把握するのはリアル店舗ゆえの変数がありすぎて実現可能性がしばらくはないように思う。RFIDの挫折が悔やまれるがアマゾンGOのような仕組みが進歩普及すれば可能なのかと思う。少し触れられているが人事の評価もこの問題には大きいと思う。人事評価は会社の戦略と結び付けなければ目標は実現できないことはもっと意識しなければいけないと思った。

データの扱いにも章を割いているがここらへんは基礎知識として欲しいところ、SQLやPythonなどBIツールより手前の作業のおすすめもあるがエクセル(可能ならモダンエクセル)などでもデータというものの扱いに慣れておくとよいと思う。表とデータベースの違いの理解はとても重要でここらへんは書籍やネットなどに情報が多いので普段から意識しておきたいと思う。

またDXに着手する順番の考えとしてイノベーションマトリクスのレトロフィットの考えも良い着想を与えてくれた。これはDXに限らず、新規事業と基幹事業のシナジーを考える際には外せないポイント(自社は何屋なのか)だと思う。

データ活用のあぜ道を原チャで走れ は名言だと思う。

後半 田中氏によるサントリーHD鳥井副社長へのインタビュー

メーカーの代表だからか卸・小売りへの遠慮が感じられたが私からは近くて遠い業界なので興味深く読めた。これからも大量生産・大量消費の商品は残るだろうがそのような商品はきめ細かなCRMより従来のマス広告のほうが良いのではという指摘は確かにそうだと思う。便利な道具を手に入れるとそれで全てをやりたくなるが、適材適所は忘れないようにしないと本末転倒になりかねないと思った。

第三章 新しい買い物体験実現のために 三菱食品(卸の視点)インタビューあり

前半 リテールAI研究会 宮田ひろ氏

リテールメディア(インプロのデジタル版)とIot家電の可能性の話。

二章をお客様から見えにくい差別化要素=資産サイドとすれば、お客様の認識する利便性=強味サイドの今後はどうなるかということだろうと思う。

まずは需要予測と自動発注の話だが主役はAI。スーパー3団体加盟の51店舗を超える比較大手では76.5%。全体でも42.5%が自動発注を導入しているのは驚きの数字だった。これはAIではなく発注点発注やダブルビンなどでBCランク商品をやってるよっていうのも含むのだろうが思ったより多い。とっかっかりで感覚をつかんでおけばAIが人口に膾炙してくるときの対応もスムーズだろう。まずは手をつけなければ他はどんどん前に進んでしまう。だが30点を40・50・60・70と精度を上げていくのが楽しいのだからスモールスタートでやっていくしかないだろう。その他にもダイナミックプライシングや作業割り当て(シフト作成)などもAIの活用が期待されているのは言うまでもないが、結局ここはもう組織作りをどうするかから手を付けないと技術が進んでも超えにくいだろう、部署を独立させて別会社にするくらいの改革が必要だと個人的には思っている。

リテールメディアの可能性は思っているよりも大きいようだ、ここでは先行事例の固まりのECやプラットフォーマーの手法がそのまま使える。ある種メディアになるわけだからメディア論の積み上げがそのまま使えるし、どこでマネタイズするかも消費者から(販促ツール)なのか出稿者から(広告ビジネス)なのか企業の戦略が問われることになると思う。ツルハの事例はとても興味深い、ぜひストコンしにいかなくてはと思う。

この後、Iot家電、ネットスーパー、ショールーミング、RaaS,サブスク、セルフレジ、RFID、レジレス、無人レジなど少しバズワードっぽいテーマが並ぶ企業戦略しだいで選択肢は多様になってきていると感じる。

後半 田中氏による三菱食品京谷社長へのインタビュー

卸だけあってサプライチェーンのDXに意識があるのかなと思う。システム外販なんかはもう始まっているし卸の独壇場だと思うが中小をプラットフォームに乗せても先細りじゃないかと思うけどな。

やはり、製配販それぞれに思惑があり主導権を握りたいわけだから、それぞれが競争してより良いマーケティング・マーチャンダイジングがますます出てきそうで楽しみです。そのためにも統一されたデータベースが必要不可欠だと思う。

おわりに

横のDXとはオープンソース的な発展なのだろうか。まぁ重要なのは社会が変化するのだから、自身の変化を楽しむことかなと思った。

付録 小売りがメーカーにID-POS分析を依頼する時用業務委託契約書例

二章でも触れられているが協業して他社にデータを渡す場合に厳密なデータの取り扱いが不可欠でしょう。回避できるリスクは回避しなければならないですし。会社として隙を見せてはいけません。デジタル化した社会では今までの商慣習では対応できない課題が出てきます。専門家に頼む際も知識がないのでは困ってしまいます。一見の価値はあります。

 

読後感

今の小売業で管理職試験のようなものがある会社は恐らく、販売士的な試験が多いだろうが、これからはITパスポートレベルの知識は必要とされるのかなと思った。

色々な事例が紹介されていて思うのが、こうして企業間格差は開いていく、将来を見据えて強くなる企業と今月・今年の利益のみ手段を問わず確保することのみに注力している企業では勝負にならないだろう。組織戦になればなるほど統合が進むのは当然で中小は淘汰が進むのは避けられない。業界の未来は明るいと思うがそこに自分や今の組織が残っているかはこれからの変革ができるかにかかっていると強く思う。まず一歩としてこのような良書や関連した専門書などをこれみよがしに経営層に見せつけ、いよいよ時代の変化が身近に迫ってきたと認識させることから始めていこうと思う!

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